世界一周!旅してゴメン!!

海外来てまで漫画とかゲームとかやってる、社会不適合者な男のダメダメなブログ。(2013年11月2日出発)

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負の世界遺産『アウシュヴィッツ』へ行ってみた

リアルタイムではウクライナのリヴィウにいます。


この前、宿で知り合った旅人とシェンムーの話で盛り上がった

セガ推しの男、ダイスケです…。

シェンムーとは製作費70億円かけたセガを代表する名作です♪♪








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前回の記事では『アウシュヴィッツへの行き方』について書いたんですが

今回は『アウシュヴィッツへ行った時のこと』

について書いていきたいと思います!!






みんな『<夏の高校野球>埼玉県勢として初、花咲徳栄が優勝!!』

の方が気になるかと思いますが、頑張ってブログを読んでくださいましm(_ _)m





※前回の記事 ↓↓
・クラクフからアウシュヴィッツ収容所への行き方
http://imatabi.blog.fc2.com/blog-entry-540.html












今回は遂にアウシュヴィッツ第一収容所へ行ってきたレポートです!




ホロコーストに興味がある人も

上島珈琲店の厚切りトーストにしか興味のない人も要チェケラーですよ!!



IMG_7984.jpg

↑ 美味そーですな!


表面はさっくり、中はしっとりといったシンプルな一品はトーストの中のトースト。

まさに『King of Toast』の名にふさわしいです(๑´ڡ`๑)


















そんな愛知県民のアイデンティティーである

モーニングネタを軽く1発挟んだところで、本編であるアウシュヴィッツの話へ。




アウシュヴィッツとは、ナチス・ドイツが第二次世界大戦中に建てた強制収容所で

収容されていた多くはナチスが『文化破壊者』と言って迫害していた

ユダヤ人だったということです。





もっと詳しく知りたいという人は

こんな上西小百合のTwitterよりも読む価値のないブログなんか見てないで

まとめサイトか、Google検索をしましょう!!




81To-dsC7WL.jpg

↑ 「ギャルみこし」や「うちわ娘」など愛染祭のキャンペーンガールとして

ご活動されていた浪速のエリカ様のフォトエッセイ集です。


ちなみにAmazonレビューが

IPPONグランプリ並に秀逸なので時間のある人は読んで見て下さい。


小百合 上西小百合(著)




















もっと小百合語録を書いていきたいんですが

そうすると2chの方まで、サーフィンしてしまいそうなので

今回はここまでにしてアウシュヴィッツへ行きましょう!!








P2350263.jpg

↑ これが有名なARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)の文字。

Bの文字が上下反転しているのは

当時ナチスに対してのささやかな反抗だったという説もあります…。
















P2350264.jpg


















P2350267.jpg

↑ 収容所の周りには電流の流れる有刺鉄線がひかれてあり

収容している人が逃げれないようにしてあります。
(現在はもちろん電流は流れてない)
















P2350268.jpg

↑ アウシュヴィッツの中はこんな感じにかなり殺風景で

昔ここで100万人以上の人が大量虐殺にあったなんて思えない…

















auschwitz_map2.gif

↑ 地図を見るとこんな感じで主なところを回れるルートが書いてあった
















P2350272.jpg

↑ このように入り口にはブロックごとの番号が振ってありました
















P2350274.jpg

↑ アウシュヴィッツ収容所はポーランド人や諸民族の最大の収容所であり

ヨーロッパ各地からここへ連れてこられたようです。

















P2350276.jpg

↑ 殺戮の対象となったユダヤ人の多くは

欧州東部に移住のための輸送と信じてやってきました。


ときには7日から10日も食料を与えられず貨物に押し込められていたので

収容所に着いた時は老人や子供などが死んでいることもよくあったそうです。
















P2350277.jpg


















P2350278.jpg

↑ 生き残った人も列車を降りて、ナチスの将校や医師に選別され

働けないとみなされれば、すぐさまガス室に送られました。


選別された者たちは、入浴が待っていると説明を受け

服を脱いで浴室に見せかけた地下へと追い立てられます。


210平方メートルの空間に約2000人もの人をいれ、ガス室の扉を閉めると

天井の穴から『チクロンB』という毒ガスを投入しました。


そして、15分から20分ほどで死んだと言われます…。


解放後には収容所の倉庫でこのチクロンBの使用済み空き缶が

山のように見つかったそうです。
















P2350280.jpg


















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P2350282.jpg

↑ ガス室で殺された人達の持ち物はみな没収され

SS隊員(ナチス親衛隊)やドイツ国民のためドイツ帝国へと運ばれていきました。


そして、第2次世界大戦終期にソ連軍が接近すると証拠隠滅のため倉庫に放火し

解放後に残った残骸から何千ものメガネや靴、食器などが見つかりました。

















P2350281.jpg

↑ 鞄には後で返却するため、自分の名前を書かされていましたが

もちろん後で戻ってくることはありませんでした…。

















P2350284.jpg

↑ 次は第6ブロックを見てみます


















P2350285.jpg

↑ 選別で労働可能と判断された者もあらゆる私有物を取り上げられ

髪を切ってシャワーを浴びせ消毒した後、囚人番号を与えて登録しました。

















P2350317.jpg

↑ 初期の収容者は三面から写真も取られたようです

















P2350286.jpg

↑ 囚人番号は身体の様々なところに刺青として書かれました。

ナチスの収容所で刺青をしたのはアウシュヴィッツ収容所だけだそうです。

















P2350287.jpg

↑ 食事といえば1日1300キロカロリーから1700キロカロリーで

腐りかけた野菜で作ったスープや粘土みたいなパンだけだったそうです。


部屋には体重が25kgに衰弱した女性収容者の写真などが展示してありました。
















P2350291.jpg

↑ 初めの方に輸送されてきた収容者は

コンクリートの床に敷かれた藁の上で寝ていました。

















P2350294.jpg


















P2350297.jpg

↑ 10ブロックと11ブロックの間の広場は通路から見えないよう壁で仕切られており

隣の10ブロックの窓も木製の覆いで外が見えないようになっていました。

















P2350295.jpg

↑ ここには『死の壁』と呼ばれる小さな広場があり

多くの収容者がこの場所でSS隊員により銃殺されていました。

















P2350299.jpg

















P2350298.jpg

↑ 11ブロックは通称『死のブロック』とも言われ

死刑判決をする臨時裁判所や監獄などがあり

多くの人は入ったあとは生きて出ることは出来なかったそうです。

















P2350308.jpg


















P2350309.jpg

↑ 別のブロックには

アウシュヴィッツへ連れて来られて亡くなった人のパネルが展示してありました。

















P2350314.jpg


















P2350316.jpg

↑ 収容所の中央には集団絞首刑台もあり

ここで一般市民と連絡を取って仲間の脱走を手伝ったという容疑で

12名のポーランド人が処刑されました。

















P2350328.jpg

↑ 有刺鉄線の外にはクレマトリウムと呼ばれるガス室と焼却炉がありました

















P2350326.jpg

↑ 天井には水の出ることのないシャワーが取り付けられ

ここで多くの収容者がガス殺処分を受けたのです。

















P2350327.jpg

↑ 隣にはそこで亡くなった死体を焼却する焼却炉もありました


















これで今回のアウシュヴィッツ見学は終了です。


早朝に着いたので人も少なく、ゆっくりと回れましたが

無機質で当時のまま残っている建物が

とても不気味な印象を受けました。



次は3km離れたところにある

第二強制収容所のビルケナウに行ってみたいと思います。

















※今日の1曲
NOISEMAKER 『Home』







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